バイナリーオプション被害事例 第8話|七行のうち五行
今回取り上げるのは、静岡県浜松市でビル設備会社の事務職として働く36歳、西村拓海さん(仮名)のケースです。
西村さんの手元には、今も一枚の紙が残っています。
そこには七つの時刻と、四つの○、三つの×が記されています。
翌朝、そのうち五件の取引がA社によって取り消されました。
消えたのは○が三つ、×が二つ。
残ったのは○が一つと×が一つでした。
なぜ、その五件だったのか。
西村さんが最後まで知りたかったのは、その理由でした。

西村さんの仕事は、ビル設備の点検報告書を整理することだった。
現場から上がってくる点検記録を確認し、日付や設備番号、測定値に誤りがないかを見る。
数字が一つでも食い違えば、現場に確認を入れる。

訂正された記録には、どこを直したのかが残る。
「あとから見る人に分からなければ、記録にならないですからね」
西村さんはそう言う。
バイナリーオプションを始めたのは、その年の初めだった。
以前から経済ニュースを見る習慣があり、為替の値動きを調べているうちに、取引そのものにも興味を持つようになった。
検索で見つけたいくつかのサービスを比較した末、A社に口座を開設した。
最初に入金したのは20万円。
勤務中には取引せず、家に帰って時間のある夜だけ利用していた。
問題が起きたのは、火曜日の夜だった。
20時を過ぎたころ、西村さんは自宅のPCで取引を始めた。
その日は普段より値動きが大きかった。
約40分の間に七回。
結果は四勝三敗だった。
取引が一つ終わるたびに画面上で結果が確定し、残高も更新された。
最後の取引を終えたところで、西村さんはその日の取引をやめた。

PCを閉じる前、机に置いていた紙に結果を簡単に書き留めた。
20:08 ○
20:14 ×
20:21 ○
20:27 ○
20:35 ×
20:41 ×
20:47 ○
七行だった。
翌朝、出勤前にスマートフォンからA社へログインすると、残高が前夜と違っていた。
取引履歴を見る。

七件のうち五件に「取消」の表示が付いていた。
20時08分の○。
20時14分の×。
20時21分の○。
20時35分の×。
20時47分の○。
取り消されたのは、勝ち取引三件と負け取引二件だった。
一方、
20時27分の○と、
20時41分の×は、
通常どおり確定したまま残っていた。
西村さんは、そこで少し迷った。
勝った取引だけが消えたわけではない。
負けた取引も二件、取り消されていた。
だからこそ、最初から気になっていた。
知りたかったのは、むしろその理由だった。
同じ40分ほどの間に行った七件のうち、何が五件と二件を分けたのか。

昼休みにA社へ問い合わせた。
数時間後、価格配信上の異常が確認されたため、影響を受けた一部の取引を無効にしたという趣旨の回答が届いた。
西村さんは履歴をもう一度見直した。
同じ通貨。
同じPC。
同じ回線。
数分しか離れていない取引もある。
それでも、一方は取り消され、もう一方は確定している。
そこで尋ねた。
どの時間帯に異常が発生したのか。
どの価格に問題があったのか。
五件について、それぞれ何が異常と判定されたのか。
A社から返ってきたのは、
「すべての取引が同一の影響を受けたわけではありません」
という説明だった。
利用規約には、異常な価格配信やシステム上の問題が確認された場合、取引を訂正または取り消すことができるという規定があった。
ただ、今回の五件について個別の判断根拠を求めると、返ってきた答えはこうだった。
「内部判定に関する詳細は開示していません」
西村さんはその週の木曜日、自宅で七件をもう一度紙に書き出した。

取り消された五件には赤い線を引いた。
確定した二件には何も書かなかった。
| 時刻 | 西村さんのメモ | A社の処理結果 |
|---|---|---|
| 20:08 | ○ | 取消 |
| 20:14 | × | 取消 |
| 20:21 | ○ | 取消 |
| 20:27 | ○ | 確定 |
| 20:35 | × | 取消 |
| 20:41 | × | 確定 |
| 20:47 | ○ | 取消 |
勝敗だけを見れば、取り消されたのは○が三件、×が二件。
一見すると、どちらか一方だけを選んで処理したようには見えない。
しかし取引額まで確認すると、事情は少し違っていた。
取り消された三件の勝ち取引のうち、一件は1万円、二件は5,000円だった。
そこで得ていた利益は、合計約16,000円。
一方、取り消された二件の負け取引はいずれも5,000円で、合計1万円分の損失が戻った。
| 取り消された取引 | 件数 | 残高への影響 |
|---|---|---|
| 勝ち取引 ○(利益の消失) | 3件 | − 約16,000円 |
| 負け取引 ×(損失分の返還) | 2件 | + 10,000円 |
| 合計 | 5件 | − 約6,000円 |
結果として、取消処理によって西村さんの残高は、前夜に確認していた状態より約6,000円少なくなった。
金額だけを見れば、大きな損失とは言えないかもしれない。
西村さん自身も、問題は6,000円だけではなかったと話す。
「負けた取引も消えているから、勝ったものだけを選んで消したとは言えないんです」
そして少し間を置いて、こう続けた。
「だからこそ、何を基準に分けたのか知りたかったんです」
その後も二度、問い合わせた。
価格配信に異常があった具体的な時間帯。
対象となった価格データ。
七件のうち五件だけを無効にした基準。
西村さんが確認したかったのは、その三つだった。
しかし、具体的な記録は提示されなかった。
最後に届いた回答には、規約に基づき、システム側で影響が確認された取引のみを処理しており、判定結果を再度変更することはない、という趣旨の説明が記されていた。
西村さんには、それ以上確認する方法がなかった。
「本当に、その五件だけに問題があったのかもしれません」
後日、西村さんはそう話した。
「でも、それを判断する材料を持っているのはA社だけなんです。こちらには、七件の結果が変わったという事実しか分からないんですよね」

西村さんはA社での取引をやめた。
残っていた資金は出金し、その後は利用していない。
取り消された取引を元に戻すよう求めることもやめた。
編集部より
取引サービスでは、システム障害や異常な価格配信などが確認された場合、利用規約に基づいて取引を訂正・取消する仕組みが設けられていることがあります。
その仕組み自体が、直ちに問題というわけではありません。
実際に異常なレートやシステム障害が発生した場合、影響を受けた取引を修正する必要が生じることもあります。
今回のケースで問題となったのは、七件のうち五件だけが取消対象となった一方で、利用者がその選定理由を具体的に確認できなかったことです。
取消対象には、利益取引だけでなく損失取引も含まれていました。
そのため、単純に「利用者に有利な取引だけを取り消した」と断定できるケースではありません。
しかし、同じ商品を近接した時間帯、同じ利用環境で取引していたにもかかわらず、五件と二件を分けた具体的な基準を利用者側から確認できない状態では、処理の妥当性を検証することが難しくなります。
特に、取引成立後に結果が訂正・取消される仕組みでは、事業者が変更できる権限だけでなく、その判断過程を利用者がどこまで確認できるのかも重要なポイントです。
今回確認しておきたいポイント
- システム障害・異常価格の発生時に、取引を取消・訂正できる規定があるか
- どのような状態を「異常価格」「価格配信障害」と判断するのか
- 同一時間帯の一部取引だけを取消対象とする場合、どのような基準が用いられるのか
- 利益取引と損失取引に同じ判定基準が適用されるか
- 取り消された個別取引について、その理由を確認できるか
- 障害が発生した時間帯や対象商品などの記録が利用者に開示されるか
- 処理結果について、異議申立てや再調査を依頼できる仕組みがあるか
- 取引履歴や確定時点の残高を、利用者側でも保存できるか
似たような話が繰り返されているように見えても、安全のための確認には繰り返す価値があります。
出金条件、利用規約、本人確認だけでなく、障害が発生した際に、すでに成立している取引がどのように扱われるのかも、利用前に確認しておきたい項目の一つです。

出金の遅延・拒否、説明されていない条件変更、追加の入金案内、取引結果の訂正・取消など、利用中に不安や不利益を感じた経験がありましたら、タイアンブリッジ編集部まで情報をお寄せください。
情報提供:[email protected]
本記事は、特定の事業者やバイナリーオプション取引を推奨することを目的としたものではありません。サービスを利用する際は、利用規約、取引条件、障害発生時の処理方法などを事前に確認したうえで、ご自身で判断してください。
公開日:2026年8月28日
© 2026 Taian Bridge編集部(本記事は創作事例です。無断転載はご遠慮ください。)
