バイナリーオプション被害事例 第9話|お湯が温かくなるまで
今回のケースの中心人物は、奈良県橿原市に住む坂口久美子さん(仮名・58歳)です。
久美子さんは、地域の学習塾で事務スタッフとして働いています。夫と二人暮らしで、出勤が遅いぶん、帰宅も遅くなる生活です。
夫が最初に違和感を覚えたのは、お金の話ではありませんでした。久美子さんが突然、給湯器の交換を先延ばしにしようと言い出したのです。
「交換、もう少し先にしてもいい?」
二人はすでに見積もりまで取っていました。

給湯器は完全に壊れていたわけではありません。
朝、蛇口をひねるとしばらく冷たい水が出て、遅れてお湯になります。一度止めて出し直す日もありました。
夫は「もう古いから、今回は交換しよう」と言い、久美子さんも最初は同意していました。
「お金は大丈夫。もうすぐ入ってくるから」
夫は、その言葉を特別には気に留めませんでした。
久美子さんがバイナリーオプション取引をしていることは知っていました。
始めたのは約8か月前、購読していた金融情報のメールで為替の記事を読んだのがきっかけでした。大きく稼ぐつもりはなく、定期預金以外の商品も少し勉強してみたかったといいます。
いくつかのサービスを見たうえで、A社に20万円を入金しました。

塾へ出勤する前はほとんど取引せず、 休日や夫が先に寝た夜に取引画面を開く程度でした。
8か月ほど経ったころ、口座残高は約31万円になっていました。
給湯器の交換を考え始めたのも、そのころです。
久美子さんは28万円を出金することにしました。
出金申請は正常に受け付けられました。
本人確認もすでに完了していました。

翌日、A社から口座を確認できる書類(通帳の写しなど)と身分証明書の再提出を求められ、午前中に用意して提出しました。
ここまでは、特におかしいとは思いませんでした。
問題が始まったのは、その二日後です。
A社から、今回の出金が追加審査の対象になったという連絡が届きました。
その下には、これまで見たことのない項目がありました。
出金保証金 12万円。
久美子さんはすぐにカスタマーサポートへ問い合わせました。
口座に31万円あるのだから、その中から12万円を確保すればよいのではないか、と尋ねました。
A社の回答は違いました。
保証金は口座残高から充当できず、新たな入金として確認される必要があるという説明でした。
審査が終われば、保証金も出金額と一緒に返金されるとのことでした。
久美子さんは利用規約を読み直しました。
本人確認や、不正利用の疑いがある場合に追加審査を行うことがある、という記載は見つかりました。
しかし、自分が確認した範囲では、出金時に別途12万円を入金する条件は見つかりませんでした。
もう一度問い合わせました。
「では、このお金を入れなければ、申請した28万円も出金できないということですか?」
返答は短いものでした。
追加審査の対象口座については、保証金の確認後に出金処理を進める、という内容でした。
その日の夜、久美子さんは普通預金口座から12万円を追加で振り込みました。
夫には話しませんでした。
失うお金だとは考えていなかったからです。
12万円は戻ってきて、申請した28万円も受け取れる。

翌日の午前中、久美子さんはA社からのメッセージを確認しました。
出金処理の再開を知らせるものだと思いました。
ところが、そこには新しい金額が記載されていました。
リスク管理預託金 18万円。
今回も新たな入金が必要だという内容でした。
久美子さんは、すぐには送金しませんでした。
前日までのやり取りを、最初から読み返しました。
12万円を入金すれば出金処理を進めると説明されていました。
そのあとさらに18万円が必要になる可能性は、一度も説明されていませんでした。
久美子さんは尋ねました。
「18万円まで入金すれば、もうほかの費用は発生しないんですか?」
返ってきた回答に、明確な約束はありませんでした。
審査結果によっては、追加確認が発生する場合があります。
その日、久美子さんは18万円を振り込みませんでした。
代わりに、前日に入金した12万円を返してほしいと求めました。
しかしA社は、審査中は保証金だけを返還できないと回答しました。
申請していた28万円の出金も、止まったままでした。
数日後には、口座の一部機能まで制限されました。
画面には、依然として約31万円が表示されていました。
12万円を追加で入金した記録も残っていました。
しかし、どちらも自分の銀行口座へは戻せませんでした。
夫がこのことを知ったのは、その日の夜でした。
久美子さんが給湯器の見積書を、食卓の端へ押しやったからです。

「交換しないの?」
夫が尋ねました。
久美子さんは、すぐには答えませんでした。
それから、A社のことを最初から話しました。
20万円を入金したこと。
残高が31万円まで増えたこと。
28万円を出金しようとして、さらに12万円を入金したこと。
夫は途中で話を遮らず、最後まで聞いたあと、一つだけ尋ねました。
「12万円を入れれば、28万円を出せるって言われたの?」
「うん」
「それで今度は、18万円をまた入れろって?」
久美子さんはうなずきました。
夫は見積書をもう一度見てから、聞きました。
「その次にもまた必要になるかは、分からないんだよね?」
久美子さんは、その質問には答えられませんでした。
A社も、同じ質問に答えていなかったからです。
二人はその日、これ以上の追加送金をしないと決めました。

久美子さんは取引を中止し、これまでのやり取りや出金申請画面、振込の記録をすべて保存しました。その後、外部の相談窓口にも相談を始めました。
記事作成時点で、A社口座の約31万円と、追加で振り込んだ12万円は出金できていません。
A社との問題も、まだ終わっていません。
給湯器は結局、交換しませんでした。
修理業者を呼び、部品を一つ交換するだけで済ませました。
数日後の朝。

夫が台所の蛇口をひねりました。
最初は冷たい水が出ました。
数秒すると、指先に触れる水が温かくなりました。
「まだ使えそうだな」
夫が言いました。
久美子さんはコップにお湯を受けながら答えました。
「うん。今はこれで」
それ以来、久美子さんはA社の残高を確認しても、その数字を家計の計算には加えないようにしています。
画面には残っていても、今の暮らしの中にはないお金だと考えることにしました。
編集部より
似たような被害事例を何度も目にすると、「出金条件や利用規約を確認しましょう」という注意も聞き慣れたものに感じるかもしれません。
しかし今回のように、自分のお金を出金するために新たな資金を先に入金するよう求められた場合は、単に条件を確認するだけではなく、より強く警戒する必要があります。
今回のケースで確認しておきたいポイントは三つです。
第一に、出金のために別のお金を先に送るよう求める事業者であれば、その事業者自体を疑う必要があります。
自分の口座にすでに出金対象となる資金があるにもかかわらず、出金を進めるために「保証金」「預託金」「審査費」などの名目で外部から新たな入金を求められた場合、それを一般的な出金手続きとしてそのまま受け入れないことが重要です。
特に、その条件を利用前に確認できなかった、利用規約にも明確な根拠が見当たらない、問い合わせをした後になって初めて新しい費用が示された、といった場合は、追加送金を止め、事業者の運営方法や信頼性そのものを改めて確認する必要があります。
第二に、追加入金の条件だけでなく、入金後にさらに別名目の送金を求められる可能性まで確認する必要があります。
出金時に別途保証金や預託金が必要だと説明された場合は、その条件が利用規約や出金案内にあらかじめ明記されているかを確認してください。
また、「この金額を入金すれば出金を進める」と説明された後で、再び別名目の費用を求められた場合は、送金を続ける前に、最初の説明と現在の要求内容が一致しているかを確認することが重要です。
一度追加で入金したからといって、その後の要求にも応じなければならないわけではありません。
第三に、追加送金の前後に残る記録を、できる限り保存しておくことが重要です。
出金申請画面、カスタマーサポートの回答、追加入金を求めるメッセージ、実際の振込記録、その時点で確認した利用規約などを保存しておけば、後から事業者へ異議を申し立てたり、外部機関へ相談したりする際の重要な資料になります。

出金の遅延・拒否、説明のなかった条件変更、追加入金の案内など、利用の過程で不安や不利益を感じた経験がありましたら、タイアンブリッジ編集部まで情報をお寄せください。
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本コンテンツは、特定の事業者またはバイナリーオプション取引を推奨・勧誘し、投資を促すことを目的としたものではありません。
公開日:2026年9月4日
© 2026 Taian Bridge編集部(本記事は創作事例です。無断転載はご遠慮ください。)
こうした事例の多くは、入金前にしか確認できない条件に行き着きます。業者選びのチェックポイントと出金条件の解説もあわせてご覧ください。
