イスラエルとオーストラリアはなぜ同じ「禁止」に違う道で到着したのか?

シーン ― 二つの机
二つの机を想像してみよう。一つはテルアビブの事務所にある。その上には世界各国の言語でかかってくる電話と、画面の向こうにいる顔のない顧客のリストがある。もう一つはシドニーの監督当局の事務所にある。その上には口座ごとの損益が整理されたスプレッドシートがある。二つの国は同じ結論に達した ― この商品を禁止する。ところが二つの机の上に載っていたものが違っていた。だから二つの禁止はまったく違う文書になった。(規制に関する記述は2026年8月時点のものである。)
今回の旅の核心となる問い
- この商品が最も多く作られていた国は、なぜ自ら扉を閉ざしたのか?
- なぜイスラエルの禁止は、金融規制ではなく刑事立法だったのか?
- オーストラリアは何を根拠に禁止を決めたのか?
- 同じ「禁止」という言葉の下で、二つの国は何が違ったのか?
第8話から続けて ― 片付けられた商品はどこから来たのか
前の三話で私たちは、アメリカ・日本・ヨーロッパがそれぞれ商品を移し、取り除き、片付けるのを見てきた。ところが、まだ問うていない疑問がある。ヨーロッパが棚から下ろしたその商品は、いったいどこで作られてヨーロッパの画面まで届いたのか。今回の目的地は、その問いが指し示す場所である。
道その一・テルアビブ ― 報道が作った法
イスラエルの禁止は、監督当局の市場分析から始まったのではない。2016年3月、イスラエルの媒体タイムズ・オブ・イスラエルが、自国を拠点とするバイナリーオプション業界の実態を掘り起こす連続報道を始めた。取材はこの産業が世界各国の顧客を相手にどのような方法で運営されているのかを明らかにし、その後イスラエル証券庁(ISA)とクネセトの国政監査委員会が相次いでこの問題を扱うことになった。
法は二段階で来た。イスラエルはまず2016年に、自国民を相手にしたバイナリーオプションの販売を禁止した。しかし外国の顧客を相手にする営業はそのまま残っていた。その穴を塞いだのが、2017年10月にクネセトを通過した法である。採決で反対は一票もなかった。法は施行までに三か月の猶予を置き、その期間が過ぎれば、この産業に関与する行為そのものが最大二年の懲役の対象となった。
ここで、前の各話と決定的に異なる点が出てくる。アメリカ・日本・ヨーロッパの措置はいずれも、金融監督当局が商品の販売を制限する形だった。イスラエルのそれは刑事処罰の規定だった。そして立法の過程で示された理由には、投資家保護とともに、この産業が国の対外的な評判に及ぼす影響が繰り返し登場する。自国の消費者を守るための規制ではなく、自国から出ていくものを止めるための法だったわけである。
ただし、この法が問題を終わらせたと見るのは難しい。禁止のあとも一部は事業を国外へ移したり、FX・暗号資産への投資勧誘へと形を変えたりしたという報道が続いた。この点は次回また扱う。

道その二・シドニー ― データが作った命令
オーストラリアの道は正反対に近い。ここでの出発点は報道ではなく口座データだった。オーストラリア証券投資委員会(ASIC)は2017年と2019年の二度の検討で、バイナリーオプションを取引した個人向け顧客の約80%が損失を出したという結果を確認した。
ASICが名指ししたのは業者の不正行為ではなく、商品の性質そのものだった。二つの結果のうち一つは必ず投資金の全額損失であるという構造、極端に短い契約期間 ― ある業者の平均契約時間は6分に満たなかった ― そして期待収益がそもそも投入額より低いという点である。この三つがある限り、時間が経つほど個人向け顧客の累積損失は大きくならざるをえない、という判断だった。
2021年5月3日、ASICの商品介入命令が発効した。当初は18か月のものだった。そして満了を前に、ASICは命令の効果をあらためて計算した。禁止の直前13か月間で、個人向け顧客の口座の純損失合計は1,400万豪ドルであり、アクティブな個人向け顧客の74~77%が損失を出していた。命令が施行されたあと、規制を受ける業者を通じた個人向け顧客の損失は消えた。この分析を根拠に、命令は2031年10月まで延長された。

境界線 ― 何が二つを分けたのか
二つの国を並べてみると、違いがはっきりする。イスラエルが問うたのは「誰がこれを売っているのか」だった。問題は自国の中で作られて国外へ出ていっており、だから答えは販売行為そのものを犯罪と定めることになった。オーストラリアが問うたのは「誰がこれを買っているのか」だった。問題は自国の消費者の口座で発生しており、だから答えは個人向け顧客に対する販売を禁じる商品規制になった。
ここで、よくある誤解を一つ押さえておく必要がある。二つの国の文書は、それぞれ違うものを問題として名指ししていた。イスラエルの法が狙ったのは商品の構造ではなく営業行為だった。反対にオーストラリアの命令は不正行為を前提としていない ― 規則を守って営業しても商品の構造そのものが累積損失を生む、という判断だった。同じ「禁止」という言葉を使っても、二つの国が狙った的は違っていた。
手段が違うから、残ったものも違った。イスラエルの法は国内の産業を終わらせたが、その産業が国外で続くことまでは止められなかった。オーストラリアの命令は個人向け顧客を守ったが、命令の及ばないところには手をつけなかった。ただし二つの措置はいずれも、それぞれが狙った的の中では作動した。イスラエルの法は国内の産業を終わらせ、オーストラリアの命令は個人向け顧客の損失を実際になくした。届く範囲の外にまでは及ばなかった、というだけである。

旅を終えて
同じ「禁止」という言葉が、一方では刑法の条文になり、もう一方では損益計算書になった。イスラエルはこの商品が作られることを止め、オーストラリアはこの商品が売られることを止めた。二つの文書を並べて見ると、規制というものが結局「何を問題と見たのか」の記録なのだという事実が浮かび上がる。次の停留所では、ここまで四話にわたって繰り返し登場してきた一つの言葉を正面から見ていく ― 商品介入。監督当局が商品そのものを禁止できるようになったのは、思ったより最近のことである。
本記事は2026年8月時点のものであり、規制は時点によって変わるため定期的な見直しが必要である。とくにオーストラリアの命令は期限の定められた措置であるため、最新の状態を確認する必要がある。そしてもう一度言うが ― 損益構造が決まっているということは、リスクが低いという意味ではない。予測が外れれば、使った金額の全部、あるいはその大部分を失う可能性がある。
旅の途中で押さえる用語
- ISA(イスラエル証券庁) ― イスラエルの証券市場の監督機関。
- ASIC(オーストラリア証券投資委員会) ― オーストラリアの金融・企業の監督機関。
- 商品介入命令 ― 商品が消費者に重大な被害をもたらした、あるいはもたらす可能性が大きいと判断されたとき、監督当局がその商品の発行・流通そのものを禁止・制限する命令。
- 個人向け顧客 / プロ向け顧客 ― 個人投資家と、一定の要件を満たすプロ・機関投資家。規制はおおむね個人向け顧客にのみ適用される。
- 純損失 ― 一定期間の利益と損失を合算した結果。個別の取引ではなく口座全体の結果を見る。
- 期待収益 ― 結果ごとの確率と支払額を反映して計算した平均的な結果値。
表1. 同じ「禁止」、二つの道(2026年8月時点)
| 項目 | イスラエル | オーストラリア |
|---|---|---|
| きっかけ | 2016年に始まった連続調査報道と、その後の議会の議論 | 2017年・2019年の監督当局の検討で確認された損失データ |
| 根拠 | 自国発の営業の実態と対外的な評判の問題 | 個人向け顧客の累積損失と商品構造そのものの性質 |
| 手段 | 立法 ― 関与行為に刑事処罰 | 商品介入命令 ― 個人向けの発行・流通を禁止 |
| 時期 | 2016年国内禁止 → 2017.10通過 → 三か月後に施行 | 2021.5.3発効(18か月) → 2031.10まで延長 |
| 対象 | この産業に関与する者(国外顧客を相手にする場合を含む) | 個人向け顧客に対する発行・流通 |
| 残った問題 | 事業の国外移転、他の商品への転換 | 命令の及ばない領域はそのまま |
四話にわたって繰り返し登場してきた一つの言葉を、いよいよ正面から見る ― 第10話「監督当局はどうやって『商品そのもの』を禁止できるようになったのか」。開示だけでは足りないという判断がどのように新しい権限になったのか、そしてその禁止が残した思わぬ結果をたどりながら、規制編を閉じる。
参考資料 · SOURCES
- ASIC(オーストラリア):「ASIC bans the sale of binary options to retail clients」(2021.4)および商品介入命令関連の告示(2021)
- ASIC(オーストラリア):「ASIC's binary options ban extended until 2031」(2022.9)、報告書736および協議文書CP 362 ― 禁止前後の損益分析
- ASIC(オーストラリア):商品介入権限に関する規制ガイダンス(会社法第1023D条を根拠とする)
- イスラエル証券庁(ISA)およびクネセト:2017年のバイナリーオプション禁止立法の経緯に関する公表資料
- イスラエルの立法経緯に関する報道:The Times of Israel(2016~2017年の連続報道)、Globes、Haaretz、Calcalistほか
- ESMA・FCAなど各国監督当局の資料 ― 比較の文脈の確認用(第8話を参照)
実在の人物については文書で確認された役職・行為のみを記述し、確認されていない動機・発言は書いていない。基準時点は2026年8月であり、細部の数値は発表時点を基準とする。 本コンテンツは歴史・教育目的の情報提供であり、特定の商品への投資勧誘や利益を保証するものではありません。規制・現状に関する記述は2026年8月時点のものです。
