バイナリーオプション被害事例 第15話|勝ちでも負けでもない一行

バイナリーオプション被害事例 今回取り上げるのは、広島県福山市で小さな花屋を営む森由紀さん(仮名・46歳)のケース ― 人物と状況を再構成した創作事例。 2026.10.16 文:タイアンブリッジ編集部 109
「誰でも、思いがけない出来事は起こります」― バイナリーオプション被害事例 第15話の導入バナー
※本記事は、寄せられた情報や公開事例で確認されるトラブルの傾向を参考に、人物・状況を再構成した創作事例です。特定の個人や事業者を示すものではありません。
花屋の作業台で、白いトルコキキョウの茎を切りそろえる様子(創作事例のイメージ)

広島県福山市で小さな花屋を営む森由紀さん(仮名・46歳)の店では、カウンターの横に注文票を綴じたバインダーが掛かっている。

開店祝いのスタンド花、誕生日の花束、法事の供花。

受け取りが済めば、票の右上に丸をつける。

キャンセルの電話があれば、一本線を引いて「取消」と書く。

線を引いた注文は、売上にも損失にも数えない。

ただ、作業台の上には、途中まで組んだ花が残ることがある。

由紀がバイナリーオプションを始めたのは、今年の春だった。

市場で仕入れる輸入花の値段が円安で上がり、為替のニュースを気にするようになったのがきっかけだった。

最初の一か月はデモ取引で操作を覚えた。そのあとA社に15万円を入金し、取引は閉店後に自宅で一日一、二回。金額は5,000円から1万円の間と決めていた。

店の売上には手をつけない。翌朝に市場へ行く日は取引をしない。決めたのはその二つだけだった。

半年近く続けて、残高は入金した額とほとんど変わっていなかった。

九月の終わりの火曜日。

その日は月末で、店は朝から法事の供花と開店祝いの注文に追われていた。閉店後に作業台を片づけ、家に戻ったのは20時半を過ぎていた。

運送会社に勤める夫は夜勤で、高校生の息子は部屋にいた。

由紀は台所のテーブルでノートパソコンを開き、米ドル/円の5分取引に1万円を入れた。

方向は「上がる」。勝てば、払い戻しは18,500円になる。

チャートは、エントリーした価格の少し上を行き来していた。

残り2分を切ったころ、価格の数字が動かなくなった。

画面の中央に、小さな円がくるくると回り始めた。

再読み込みをすると、今度はログイン画面が出た。

パスワードを入れても、画面は白いままだった。

スマートフォンでアプリを開いても、読み込みの表示が回り続ける様子(創作事例のイメージ)

自宅のWi-Fiを疑い、スマートフォンのモバイル通信に切り替えてアプリを開いた。

アプリも同じだった。

「接続できません。しばらくしてから再度お試しください」

動画サイトは普通に再生できた。つながらないのは、A社だけだった。

スマートフォンでA社の名前を検索すると、SNSに「入れない」「自分だけ?」という短い投稿がいくつか並んでいた。投稿の時刻は、どれもこの数分の間だった。

時計を見ると、取引が終わるはずの時刻はもう過ぎていた。

由紀はA社のお知らせページを何度か開いた。新しい掲載はなかった。

勝ったのか、負けたのか。

それとも、取引そのものがどうなったのか。

夜の台所のテーブルで、ひとりノートパソコンの前で待ち続ける様子(創作事例のイメージ)

分からないまま、パソコンの前で30分ほど待った。

数分おきに再読み込みを押し、そのたびに白い画面を見た。止まる直前の画面を保存しておけばよかったと気づいたのは、しばらくしてからだった。

息子が麦茶を取りに台所へ来て、「まだ起きてるの」と言った。

由紀は「うん、ちょっと」とだけ答えた。

ログインできたのは、21時45分を過ぎたころだった。

残高は、取引に入る前と同じ数字だった。

台所のテーブルで、ノートパソコンの取引履歴を確かめる様子(創作事例のイメージ)

取引履歴を開くと、21時6分の取引の結果欄に、見慣れない二文字があった。

「無効」

1万円は、残高に戻されていた。

チャートを開き直すと、21時11分の価格は、エントリーした価格をわずかに上回っていた。

お知らせページには、少し前に掲載された文章があった。

「21時9分から21時41分まで、システム障害により取引サービスがご利用いただけない状態となっておりました」

翌朝、店のシャッターを上げる前に、由紀はサポートへ問い合わせた。

返事は昼過ぎに届いた。

障害の発生中に判定時刻を迎えた取引は、利用規約に基づき無効とし、取引金額を返還した。結果の判定は行っていない。

由紀は、障害が起きる直前までエントリー価格を上回っていたことを書き、もう一度尋ねた。

「その時点では勝っていました。判定はしてもらえないのですか」

返事が来たのは、その日の閉店間際だった。

答えは変わらなかった。

障害中の価格を、正常な判定の根拠として使うことはできない。逆の方向に動いていた場合も、同じく無効になる、とも書かれていた。

規約を開くと、確かにその項目はあった。

口座を作ったときに、読んだ覚えはなかった。

最後に一つだけ尋ねた。障害が起きている間、取引画面やお知らせで状況を伝える仕組みはないのか。

告知は確認ができ次第掲載している、今後の参考にする、という返事だった。

損はしていない。

1万円は戻ってきた。

ただ、8,500円になるはずだった数字を、もう頭の中で一度受け取っていた。

それがなかったことになった。

朝食のテーブルで、夜勤明けの夫に出来事を話す様子(創作事例のイメージ)

夜勤明けの夫に話したのは、二日後の朝食のときだった。

「戻ってきたなら、よかったじゃないか」

夫はそう言って、味噌汁の椀を置いた。

由紀もそう思おうとした。勝ち負けがつかなかっただけで、何かを失ったわけではない。人に話せば、たいていは夫と同じことを言うだろう。

もし負けていたなら、無効は助かった話だったはずだ。

そう考えると、文句を言う筋合いもない気がした。

それでも、引っかかっていることが一つあった。

画面が止まっていた32分間、どこにも何も表示されなかったことだ。

自分の回線が悪いのか、A社に何か起きているのか。それすら分からずに待つしかなかった。

お知らせが出たのは、すべてが終わったあとだった。

その日の夕方、店に電話が一本入った。

週末に届ける予定だった開店祝いのスタンド花を、先方の都合で取りやめたいという。

由紀はバインダーを開き、注文票に一本線を引いて「取消」と書いた。

作業台の上には、前の晩に水揚げを済ませた白いトルコキキョウが二十本、バケツに入っていた。

あれから、由紀はA社にログインしていない。

残高は、そのまま口座に置いてある。

出金するか、また取引するかは、まだ決めていない。

ただ、取引画面を開く前に読むものが一つ増えた。規約の「システム障害時の取扱い」の項目だ。読み返したのは一度だけだが、どこに書いてあるかは覚えている。

金曜日の朝。

由紀はバケツからトルコキキョウを抜き、一本ずつ茎を切り直した。

店先の台で、白いトルコキキョウをブリキの缶に分けて並べる様子(創作事例のイメージ)

小さなブリキの缶に五本ずつ分けて、店先の台に並べる。

値札には「本日のおすすめ 一束500円」と書いた。

最初の一束は、十時過ぎに近所の女性が買っていった。

編集部から

似た事例を何度も目にすると慣れてしまいがちですが、安全のための確認には繰り返す価値があります。

今回は、取引サービスに障害が発生し、その間に判定時刻を迎えた取引が「無効」として扱われたケースです。

バイナリーオプションでは、判定時刻の価格によって結果が決まります。障害でその価格を正常に取得・配信できない場合、事業者によっては取引を成立させず、取引金額を返還する扱いを規約で定めています。

A社は障害の発生を認め、取引金額を返還しています。規約に沿った処理で、由紀さんに金銭的な損失はありません。

一方で、障害中に利用者側では状況を確認する手段がほとんどなく、障害の告知も復旧後に掲載されました。自分の通信環境の問題なのか、サービス側の問題なのかを判断できないまま待つ時間は、金額以上に利用者を不安にさせます。

障害時の取引の扱いは、事業者によって異なります。利用前に、少なくとも次の点を確認しておきたいところです。

  • システム障害が起きた場合、保有中の取引は「無効」「成立」「別の方法で判定」のどれになるのか
  • 無効になった場合、返還されるのは取引金額だけか
  • 障害情報はどこで、どのタイミングで告知されるのか

「無効」は、負けを取り消す扱いであると同時に、勝ちも取り消す扱いです。

画面が止まったときは、その時刻と画面の状態を記録しておくと、後の問い合わせで役立ちます。スクリーンショットが撮れない場合でも、時刻と取引内容を手元にメモしておくだけで、事業者とのやり取りがずっと具体的になります。

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出金の遅延・拒否、説明のない条件変更、追加入金の案内、取引条件や画面表示など、利用中に不安や不利益を感じた経験がありましたら、タイアンブリッジ編集部まで情報をお寄せください。

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本コンテンツは、特定の事業者の利用やバイナリーオプション取引を勧誘・推奨することを目的としたものではありません。

こうした事例の多くは、入金前にしか確認できない条件に行き着きます。業者選びのチェックポイントと出金条件の解説もあわせてご覧ください。